2007年11月28日

食文化を世界に輸出するフランスが… 


調査捕鯨は“調査”だけではなく“捕鯨”も行うという事  

このブログでも度々取り上げ再び同じ主張の繰り返しではあるが,食というものは文化の一部であり地域の歴史や風土に根付いた伝統である.

  07年04月12日 鯨食は日本の文化です
  07年05月08日 独善か資源保護か?
  07年05月30日 科学的検証を望む
  07年06月22日 “捕鯨”という漁業 

その地域に属さない者がそれに対してとやかく干渉するのは相手の文化を尊重していないと断言するに等しく,干渉された側はその伝統を強く主張する権利はあれども何ら恥じ入る必要はない.

日本の沿岸漁業の一環として古くから捕鯨が行われており,近代技術の進歩と共に遠洋までその領域が拡大した事は,世界の漁業の歴史を見ても何ら矛盾するものではない.

現在は反捕鯨サイドに立ちながらも過去には捕鯨国であった国々は,自らの歴史を恥じてそれに従事した人々の業績を否定するのだろうか? アメリカ合衆国海軍提督ペリーは米捕鯨船への補給を求めて江戸幕府と交渉し下田と函館を開港させたが,これは米国史の汚点だろうか?

「自分が喰わないからお前も喰うな」と主張するのはエゴである.
「自分が喰わないなら(よその食文化に)首を突っ込むな」と言いたい. 
勿論人の食の嗜好にも多様性があって当然であり,日本人の中にも「鯨なんて普段食べないから獲れなくても関係ない」と考える者はいるだろう. それならばただ黙っていればいいだけで,反捕鯨国=先進国のような錯覚や動物保護を訴える“ファッション”と取り違え,これら反捕鯨国の意見を丸呑みして同調するのだけは止めて欲しい.

近頃では世界的にも日本食が流行していると伝えられているが,その主な理由は“ヘルシー”とされる高蛋白低脂肪(カロリー)の食文化にあるのは多くの人の語るところだ. 

肉食主体の欧米型食生活から魚や野菜主体の伝統的な日本型食生活への転換を“健康的”と考える人が増え,そのような食生活をする人を“ファッショナブル”と感じる人が増えるからこそ,セレブリティと呼ばれる階層をも巻き込んでの日本食ブームと言えよう.

そのお陰か世界の漁獲量は現在も増加の一歩を辿っており,枯渇の懸念がある種が報告されているにも拘らず,相変わらず 魚→○・鯨→× という短絡的発想がまかり通っているのも妙な話だ.

その伝統的な日本食では動物性蛋白質が慢性的に不足しがちであり,それを補うために各地域で環境に即した方法と対象で漁業や狩猟を行ない獲った動物を食していた.

そして鯨は高蛋白低カロリー食品のど真ん中にあって,第二次世界大戦後の食糧難時代には鯨(他には鮫等も利用したが鯨が最も効率的であった)の肝臓から抽出した肝油ドロップと呼ばれる食品が現代で言うサプリメントとして流通し,多くの国民の健康維持に貢献した事実も忘れてはならない.

このように“健康的”とされる日本型食生活を称えながら,その一環である鯨食を否定する矛盾を反捕鯨国はどう説明するのだろうか? 

フランスが誇るミシュランガイドブックで東京の多くの和食レストランに星を与えながら,一方でその国の政府が(食用に留まらずあらゆる用途で一頭を無駄なく消費し切る)日本の鯨文化に否定的なのは何故だろう?

彼等は自国料理こそ世界の食文化の頂点として布教すべきと考える十字軍であり,鯨を食する野蛮な異教徒を改宗させようとでも考えているのであろうか?

牛や鶏を殺して食する文化を持つ者が鯨や馬を殺して食する者を非難する根拠は何か? もし風土や伝統に根ざす食文化に対し“動物が可愛そう”という感情論を持ち込んで非難するのであれば,それは“反イスラム的”と称して自らの主張に従わない者を攻撃するどこかのテロリストとどう違うのだろうか?
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