2007年11月20日
自己正当化の限界
独裁政権下の圧政と虐殺に関与した面々は今…
かつてクメールルージュ政権下のカンボジアで進められた共産化は“原始共産主義”とも呼べる極端なものであった.
国家存続の原点を“農村”と位置付け,これ以外のものを根絶しようとしたと見られている. 知識階級や富裕層はもとより企業や学校までもが排除の対象となり,国民に許されたものは,“農業による自給自足の生活”のみであった.
都市における経済活動も生産活動も停止され,社会科学や自然科学の知識も不要とされ,これらに従事していて農業に適さない人々は無用の人材として“処分”された.
農村においても医師や学校の教師,物知りの都会帰りの“おじさん”は無用の存在とされ,時には村人の信望を集める村長格の人物までもがそのリーダーシップが危険として“排除”され,存在を許されるのは何も考えず何も言わずに政権指導者に従う農民のみであった.
カンボジア解放後にまるで地下資源のようにこれら“排除”され“処分”された人々の遺骸が多数発掘されたのは周知の事である.
このような“政策”を推進した政権にいたのは共産主義を名目に自らの利益と保身を図った者達であり,当時のこの地域の情勢を利用して中国や西側諸国を手玉に取る狡猾な“生き残り術”に長けた者達とも言えよう.
この土地は米ソ中の思惑が入り乱れた結果それぞれが資金や武器を送り込む“代理戦争”の舞台となり,その利害関係を巧みに利用してクメールルージュはその残虐性を加速していた.
戦争や内戦が終結するとその原因の追及と推進した者への処罰が始まる. 第二次世界大戦後の日本で極東国際軍事法廷が開かれたように,今この国ではカンボジア特別法廷によって過去の圧政下の行動が裁かれている.
このような場で真に裁かれるべき者は政権側にあってその政策を立案推進した者達であって,その命を受け実行した者達に戦争下の行動の善悪を問うのは酷のようにも思われる.
にも拘らず実際に自らの過ちを認め償いをしようとする者達は後者のグループであり,前者に属する者達は往々にして保身を図ろうとする.
彼等の命を受けて行動した人々はその事実を知っている.
口にはしないが心の底では軽蔑しているかも知れない.
未だ厚顔振りが脱ぎ去れず,自分自身にも嘘を強いて自らの言動を正当化しようとする振舞いを,彼等は恥じる事はないのだろうか?
自己正当化はその度が過ぎると他者否定となる.
圧倒的な歴史的資料がありながら,自らに不都合な事実から目を背けるためにその出来事を否定し,歴史を都合良く曲解しようとするのは見苦しい.
過去に起きてしまった不幸を修復する事は不可能だ.
人の命を無思慮に弄び多くの国民の犠牲を強いた指導者達は,その罪を認識して自ら進んで真実を証言し,残された人生を本当の意味で開放された穏やかな日々として送るべきではないだろうか.
少なくともそのようにして残りの人生を過した人の方を後世の人々は評価するだろう.
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