2007年11月06日

どこかで聞いたような…


“友人の友人”と五十歩百歩? 

この男性の犯した罪はFBIへの虚偽の通報であると考えられるが,その思慮の浅さは先の法務大臣発言と通じるものがあるように感じられる.

「米政府当局がこっちの言ったことをうのみにするほど間抜けだとは思わなかった」という主張は,“2ちゃんねる”に具体的な犯行予告を書き込んで大騒ぎになった時の投稿者の言い訳に等しい.

この男性が実在する人名とフライトを挙げたためにFBIが事件性ありと判断した結果の騒ぎだろうが,一法治国家の法務大臣が大衆の面前で“私の友人の友人はアルカイダ”と言い切ってしまう行為自体もある意味“事件”であり“騒ぎ”である.

言葉というものは一度発してしまうと消去不可能で,誤りとして後に訂正発言をする事でしか事態は収められず,既に多くの政治家が数々の問題発言によってその地位を退くという前例がある中で,未だにこのような無分別な発言をする者がいる事にも驚かされる.

テロ特措法の延長問題に絡めて国民の危機感を煽りたかったのかも知れないが,より現実性のある切り口から具体的かつ丁寧な“つかみ”が必要であったにも拘らず,その労を惜しみ“私の友人の友人”というまるで都市伝説の冒頭のような乱暴な展開をしてしまう時点で,この人物にはこのようなセンシティヴな問題を語る資格がないと言えよう.

百歩譲ってこの“友人の友人”が実在し,その情報が事実でありながら公表出来ない性格のものであったとしても,別の表現を探すかもしくは一切引き合いに出さずに語るべきであり,極めて曖昧な“秘密情報ソース”を公言してしまったのは嘲笑の対象以外の何ものでもない.

自らの発する言葉は予め反芻するべきである.
政治家は貝になる必要はないが,牛にはなってもいいのかも知れない.

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