2007年07月18日

国民は羊の群れではない


“あがり”にするには若過ぎるが就任も早過ぎたか?

内閣総理大臣就任前は明瞭な物言いで国民から好感を持たれていた現首相だが,就任から日を経るにつれその発言内容に空虚さを感じる人が増えているのではないだろうか.

安倍家悲願の総理総裁の椅子を獲得した事でどこか心の片隅に達成感が棲み付いてしまい,総裁選前の国民の期待や国の抱える問題がこの人には見えにくくなってしまったようにも思える.

“パパのお友達”の影響力が残る中では,トップダウンの調整力を発揮したり自らの意見を主張した政策の実現には障害が多いのかも知れないが,改憲論の拡大や教育改革関連法案のゴリ押しなど55年体制に逆戻りするような政策ばかりで,小泉前首相の改革路線を継承するとしていた就任時の姿勢はそこからは窺えない.

年金制度の綻びやいわゆる“恒久減税の廃止”等は就任前に端を発しており,彼自身が招いた失策ではないのだが,表面化した時期の総理として非難の矢面に立たされている面がある. 

ここで(これまでの経緯から見て無理だとは思うが)筋の通った釈明が出来,なおかつ具体的な対策を示せればここまで支持率が低下する事はなかっただろう.

そもそも世の中のあらゆる機関が“恒久減税の廃止”などどいういかがわしい日本語を使っている事自体が異常だ. 恒久的なものを廃止するという表現は存在せず,以前減税したものを今度は増税するとはっきり言い切らなければならない.

国民の非難を恐れて言葉のまやかしで実態を隠した政策など誰も支持しない.
今回の参院選で消費税について明確に言及しないのも,今後上げる方向で腹積もりしているためである事を頭に入れておくべきだ.

課税の直間比率の見直しや国と地方自治体の税配分の見直しは,本来もっと早くに着手されるべき改革課題であって,納得のいく経緯で実施されるのであればこのような批判は起きなかったと推測される.

結局は財務・厚生当局や政治家が国民には詳しく説明しても理解出来ないと考えて,手っ取り早く(そして自らは痛みを伴わないように)実現させるためにちゃっちゃっと成立させてしまった政策が,今になってその歪となって現れていると言えよう.

しかし国民は何も考えずに盲従する動物の群れではなく,また苦しさを我慢してまで理不尽なお上に従うような大昔の民衆でもない.

その一方で選んでしまった政治家による個別の法案成立を止める術が我々にはないのだから,生活を託す信頼に足る政治家を選ばなければならない.

政策に対して不満を述べる資格は,そうしないと主張した人に投票した者にしかない.
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